次の日の昼、食堂で同じクラスの男子生徒と食事をするヴィンセントの隣に、大きな影ができた。
ヴィンセントの真正面で食べていたその生徒は、隣に座る人物の顔を見ると全身を凍り付かせ、そそくさと別の席に移動した。
「……?」
何気なく隣をみたヴィンセントの顔が、同じように凍り付いた。
「ヴィンセント・ヴァレンタインだな」
「…………」
何が起こったのか、理解できない。
その男……セフィロスは氷のような視線をヴィンセントに向けて、隣に座っていたのだ。
「飯を食ったら射撃場。わかったか」
「え、でも授業が……」
「知らないのか?あの大会に出る奴は午後からの授業は免除される」
そんな話は聞いていない。
ヴィンセントは唖然としていたが、その目が早く食えと促されているようで、最近飯もまともに食えないなと思った。
「………」
「………」
何も喋らない。話すこともないのだが相変わらずセフィロスはこちらを見ているし、周りの生徒は半径3メートルは離れている。大体業務連絡ならセフィロスも早く離れたらいいものを、ずっとヴィンセントの隣から動かない。
始めは突然の出来事で混乱していたヴィンセントも、動悸が激しくなってきた。
憧れの、手の届かない場所にいる人が今、自分の隣にいる。
ヴィンセントが食べ終わったと見るや否や、セフィロスはヴィンセントを立たせて顎で促す。
「……どうした、顔が赤いぞ」
「………っ」
食堂を出たセフィロスがヴィンセントの顔を見て、呟く。そのヴィンセントを見る目は、先程の氷のような鋭いものではなく、なんだか暖かいもののように感じられて。
さっきは突然のことで動揺しきれなかった分も含めて、ヴィンセントの顔は更に赤みを増した。
「は、早く、行きましょう」
ヴィンセントは俯いて顔を隠しながら、眉をひそめるセフィロスと共に射撃場へと向かった。

射撃場には授業をサボって昼寝をしにきている生徒が数人いたが、誰がセフィロス信仰者か、というのはわからない。セフィロスは構わず中距離用の的の前に立った。
「昨日待っていたが、来なかったな」
セフィロスは言いながらも小道具を装備して、ハンドガンを手に取ると無造作に三発、連続して撃った。
的の中心には二発分の穴が開いている。
「…あの、すいませんでした…行けなくて」
「俺が勝手にしたことだ。気にするな……撃ってみろ」
セフィロスから手渡されたハンドガンを構え、ヴィンセントは三発、撃った。
しかし三発目の弾の軌道修正はわざと怠る。的にはセフィロスが撃ったものと同じように二発分の穴が開いた。
「……気を遣ったつもりか」
セフィロスは即座にそう言った。ヴィンセントの心臓が大きく跳ねる。セフィロスの前でどうするべきか考えあぐねた結果とったヴィンセントの行動が、実力でないことを見抜いたらしい。
「そんなことをされても嬉しくないぞ。……もう一度、だ」
ヴィンセントは弾を補充し、的を切り替えて三発、撃った。次こそ的には一発分の穴しか開かなかった。
「……ライフル」
遠距離用の的でも同じことをして、ヴィンセントは同じ結果を残した。セフィロスはもう一つ確かめたいことがあって、ライフルを置いた直後のヴィンセントの腕を掴み引き寄せ、顔を―――ヴィンセントの瞳を見た。
「!!!!」
ヴィンセントの心臓はそれこそ破裂して、死ぬのではないかと思った。
間近にセフィロスの顔がある。ヴィンセントの赤い顔と同じ色の瞳を見つめている。
「………」
何故毎回この人のすることに動揺するのだろう?
憧れの先輩だから、英雄と呼ばれる人だから、こんなにも緊張するのだ。ヴィンセントがそう自分に言い聞かせている間に、セフィロスはその目に浮かぶ感情の色を見極めていた。
自分の実力におごり、自慢するような目ではない。その奥には、何か哀しさらしきものが見えた。
実に興味深い。
セフィロスは口を笑みに歪め、ヴィンセントを解放する。
「よくわかった…お前の実力、この目で確かめさせてもらった」
「………はい」
「もし練習が必要なら俺も付き合ってやる」
その言葉にヴィンセントは顔を上げた。
「だ、駄目です」
「何故?」
「……先輩が私を認めて下さっても、周りが認めてはくれません」
ヴィンセントが言いたかったのは、例の『迫害』だった。
今まで、射撃用のライフルが暴発するよう改造されたこともあったし、射撃場への出入りを阻害されたこともあった。なにより陰湿だ。
そんな自分がセフィロスの傍にいると知られれば、どんなことになるだろう。
ヴィンセントはそれだけが心配だった。
セフィロスには迷惑をかけたくない。
「……お前の実力は俺より上だ。これはかわらない。なによりお前のような奴を待っていた…」
「………」
「俺に任せろ」
セフィロスはヴィンセントの腕を取ると、射撃場の出口へと向かう。
「行くぞ」
「何処へ…ですか?」
「……俺の、練習場だ」
セフィロスは学園を出てタクシーを一台捕まえると、困惑しているヴィンセントに有無を言わさず、車の中に押し込んだ。自分もその後に続く。
「……俺の家まで」
セフィロスが運転手に一言言うと、運転手は迷う事なく車を発進させる。
「い、家?!ちょ、先輩……」
「………」
セフィロスは黙ったまま、腕組み足組み、堂々として座っている。とても高校3年には見えない。
よく見ると、タクシーだと思っていた車の内装も、さりげない装飾がなされている気がする。
タクシーなんかではない、これは……
いや、それより何の連絡も無しに学校を出てよいものだっただろうか?
「あの、先輩……勝手に帰ってもよかったんですか」
「気にするな。今頃クラウドなんぞは野外でモンスター退治でもしているだろう」
セフィロスは動じない。ヴィンセントの感覚も麻痺してきたのか、こんなにも堂々とされるとこちらがおかしいのではないか、という気になってくる。
ちょうど外に目を向けると、自分の家の前を通り過ぎた。セフィロスの家は自分の家より遠いところにあるらしい。
今度はセフィロスの方を覗き見ると、セフィロスもこちらを見ていた。目線だけが合い、セフィロスはすぐに目線を前に向けた。
セフィロスの家……一体どういうところなのだろうか。それよりヴィンセントはセフィロス自体どういう人物なのかを知らない。
それを聞くのも、なんだかおかしい気がする。自分は何を知りたいのかさえわからないのに。
「……俯いてばかりいるな、酔うぞ」
はっとしてセフィロスの様子を伺うと、さっきの姿勢のまま目を閉じている。
正直いって、様になっている。醸し出す雰囲気と立ち居振る舞い、全てにおいてかっこいい。それに時々かけられる、気の利いた言葉、相手を思いやる気持ち。
「着きました」
運転手の言葉に思考を中断させられ、同時に窓から見えた風景に絶句し、ヴィンセントは車酔いよりも気分が悪くなったように感じられた。

―――豪邸。

セフィロスの家……もといセフィロス邸はユフィの家の三倍はあろうかという広さ。というかこの世界にこんなところがあったっけとツッコミたくなる。
自宅のなんとかわいらしいこと。
「行くぞ」
「……はい……」
「…気分でも悪いのか?」
セフィロスの問いに、ある意味で、とヴィンセントは心の中で返した。


ヴィンセントが連れてこられたのは、機械が複雑に入り組んだ部屋だった。部屋の中央には椅子が三台ほど並んでいる。
「今度の大会で使用する精神体投影装置の、……縮小版とでもいうか」
セフィロスはヴィンセントを椅子に腰掛けさせ、次々と機械に接続させていく。
「先輩、練習場っていうのは……」
「そうだ、仮想空間にある」
自分も機械に接続し、セフィロスは電源のスイッチを押した。
「目を閉じろ」


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