「データは射撃場。メンバーは二人……もういい、目を開けろ」
セフィロスの声が聞こえ、ヴィンセントは目を開く。するとそこは先程の部屋ではなく、学校に備え付けてあるような射撃場へと変わっていた。腕や足に装着していた機器も消え失せている。
これが精神体、そして仮想空間。しかし体はいつも通りに動くし、違和感は何もない。
「ヴィンセント」
セフィロスがハンドガンとライフルを差し出し、続ける。
「あの大会が何故危険視されているかわかるか」
「いえ、詳しくは……」
「例えば、お前が何かに触れたとする。皮膚から脳に伝えられる刺激の信号の仕組みは知っているだろう?」
「はい」
「だが精神体には『皮膚』という概念がない。刺激の信号は、直接脳へ届く。脳内の神経細胞が直接影響を受けることになるんだ。今まで、受けた攻撃の衝撃が強すぎて、神経細胞が破壊された選手もいた」
「リスクが大きいのですね。ならばなぜこんなことを?」
「……場所がないからだ。射撃部門の広大なフィールド。それに剣道部門のモンスターの数には限りがある」
ふぅとくだらなさそうに溜息をつくセフィロス。
「……全てを解決するのはこの仮想空間だからな」
セフィロスは弾を込め、ライフルを構えると的を撃ち抜いた。
「……存分撃て。ここを貸してやる」
「あ、ありがとうございます……」
ここならば迫害の影響もない。ただ問題なのは、ここがセフィロスの豪邸であることだけだった。
始めは戸惑っていたヴィンセントも、とりあえずは練習をしようと銃を構えた。

それから数日間、午前中は授業、ユフィの弁当を食べてはセフィロス邸へ行き精神面での鍛練、そして晩御飯まで御馳走になり家へ送ってもらうという生活が続いた。
致せり尽くせり、である。学校の無い日、泊まっていけと言われた時は流石に断った。
そして今ヴィンセントがいるのは食事の間……どこぞの高級レストランかと思える一室で、セフィロスと二人夕食を食べているところだった。
「すみません、いつも…」
こんなに美味しいものを、と続けようとして一瞬迷った。
ヴィンセントは少食で殆ど食べないし、何よりセフィロスと二人きりという緊張感で何を食べているのかわからない状態だ。
「……えーっと」
「気にするな」
セフィロスはいつもそう言う。ここ数日で口癖になってきているようだ。
しかしこの食事の時間、特に親しいとも言えない二人だから、ろくに話はしていない。微妙な沈黙が続くのだ。が、珍しく今日はセフィロスの方から話題が振られた。
「明日大会だな」
「あ、はい…」
「今日は泊まれ。それに」
ヴィンセントに断る暇を与える事なくセフィロスは続けざまに言った。
「その敬語はそろそろやめろ」
「………ぇ」



1年間。1年間という長い期間考え続けていた。その結果だ。実行に移さなければ今までセフィロスが費やした時間の元は取れない。


窓から見える庭には綺麗に剪定された樹木が植えられていて、その上空に浮かぶ朧月がまた夜に緊張感を与えなんともいえない張り詰めた空気を作り出している。
張り詰めた緊張感を持っているのは、ヴィンセントも一緒だった。
「……(なんで)」
ヴィンセントは少し大きめのまっさらなパジャマを着てベッドメイキングされたばかりのベッドの上にちょこんと座っていた。
ヴィンセントが疑問を向けた先を見てみると、同じように豪華な広々としたベッドが並んでいた。
今更言う必要も無い。セフィロスのものだ。
「……うぅ」
(半ば強引に)泊まるといっても、何故セフィロスと同じ部屋で眠らなくてはならないのだろうか。
今、そのセフィロスは風呂に入っているらしい。ここにはいない。
ふうとヴィンセントが溜息をつくと、ドアがノックされた。セフィロスならばそんなことをする必要はない。ならば。
「…はい」
「お飲みものをお持ちしました」
ヴィンセントが扉を開けるとそこには黒いスーツの男が立っていた。ヴィンセントがこの豪邸に来てから初めて見た、セフィロス以外の人間だった。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。何か御用がありましたら、また」
淡々と喋って、その男はすぐに廊下の奥へと消えていく。そういえば、セフィロスと共にいるときは誰にも会ったことがない。誰かいる、という気配はするのだが。
豪邸の隅々が常に綺麗にされており、召使の何人かは必ずいるのだろう。だが、誰もがセフィロスを避けているような、いや、逆にセフィロスが人を避けているような、そんな気がしてならない。
「……そういえば」
自分はセフィロスについて何も知らない。
しかし何を聞くか、聞いてもいいものか、全くわからない。
「……さっきから溜息ばかりついている」
「っっ!!」
背後からいきなりかけられたセフィロスの言葉に、ヴィンセントはびくりとして恐る恐る振り向いた。
いつの間にかセフィロスが扉にもたれ掛かって立っていたのだ。
「………」
長い銀髪が程よく湿っていて、いつもとは違う様子のセフィロスにヴィンセントの心臓は煩いほどになりだした。
「あ…あの…」
「どうした」
「どうして、私が今日泊まらなくてはならなかったんですか…?」
「………」
セフィロスはヴィンセントに向かい合うようにベッドに腰掛ける。ヴィンセントの顔にも赤みがさしてきて、ヴィンセントは俯いた。
「お前は、自分の家の場所が迫害してくる奴らに知られているのを、知ってるか?」
「え…?」
それは一体どういうことか。
「…今まで黙っていたことだ。すまない。偶然聞いたのだが……奴らは大会当日、家に待ち伏せして大会を棄権させるつもりだったらしい」
セフィロスの言葉にヴィンセントは目を伏せた。
「……それで……でも、ホテルでもよかったんじゃ」
「ご、誤解するな、俺は試合が…!」
ヴィンセントが言い切らないうちに、何故だか焦ったようにセフィロスは強い口調で言った。
セフィロスの意外な面を目の当たりにして、ヴィンセントは微笑んだ。少しだけ余裕ができてきたようだ。
「とりあえず今日は…明日のために寝ろ」
セフィロスの言葉に誘われるように、ヴィンセントは眠りに落ちた。


「よっ!久しぶりだなヴィン!!」
「……レノ!ルード!」
セフィロスの豪華な車で会場に到着してすぐ、見知った男にヴィンセントは声をかけられた。
赤髪のレノとサングラスのルードだ。
「高校、転校して以来かな、と」
「そうだね、いろいろ忙しくて…でも会いたかった」
レノ達の前では朶悪紅洲中時代の口調に戻って、ヴィンセントは満面の笑みを浮かべる。
それにレノは赤面し、ルードはおかしそうに溜息をついた。
「レノとルードも出場するの?」
聞いて、はっとしたヴィンセントは周りを見渡した。
さっきまで一緒にいたセフィロスの姿が見えない。
「あ……」
「出るのはルードだけ。俺は応援なんだな、っと」
ルードは格闘部門で有名な朶悪紅洲高生である。レノは射撃部に属しているが、この大会には選ばれなかったらしい。
レノとの付き合いは長い。
朶悪紅洲小学校の時から、レノは問題児として扱われていた。地毛ではあるが明るい赤毛と、着乱した服。そんなレノに近づく人間はいない。でも一人だけ、話し掛けてくれた相手がいた。それがヴィンセントだった。
何故、何を話し掛けたのか今では覚えていないが、ただヴィンセントには学校関係者が思うほどレノが問題児には見えなかったことだけ覚えている。
確かに余計な一言で物事を失敗に終わらせたりしたこと…などあるが、レノはそのドジで人に好かれるタイプだ。
ただ、見た目が邪魔するだけで。
レノと友達になって、その相棒ルードとも友達になった。ヴィンセントはこの二人と居るときが楽しくて仕方がなかった。
しかしレノやルードど親しくなったためか、優秀部にいくはずだったヴィンセントは不良部クラスへと分けられてしまった。
朶悪紅洲は中学進学時とある二つのクラスに分けられる。優秀な生徒、また頭脳派で科学者向きの生徒が集まるのが優秀クラス。成績が芳しくない生徒や専ら運動が得意なタークス向けの人物が集まる不良クラス。名前ほど悪いクラスではない。
ヴィンセントは別に気にも留めなかった。
しかし、レノは違う。もしかしたら自分のせいなのではないかと思ったが、高校進学時ヴィンセントを他校に<とられて>からはそんなことを気にする暇はなくなった。
ヴィンセントはうまくやっているのか。
―――いや、違うか。
ヴィンセントを誰かにとられてないか。
レノはいつもそれが気掛かりだったのだ。
「ヴィンはもちろん射撃部門だよな?」
レノは明るく笑いながら問う。胸に閉じ込めた感情を出さないように、そう振る舞う。
「まだ時間があるな……ルードの試合、一緒に見ないか?」
「そうだな、……星峡からはティファっていう女の子が出るんだ」
「……女がでるとは…」
ルードは少し意外だったらしい。
3人は格闘部門会場へ移動した。


4へ







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送