『なぁ、あいつは誰だ?』
『さぁ?でも制服は朶悪紅洲中だったな。関わるなよ』
クラウドの問いに答えたザックスは、それでもさっきすれ違った男を気にしているクラウドに竹刀を不機嫌そうに押し付けた。
『さっさと部活に行くぞ、ほら』

その一年先輩のザックスは、高校進学後二年で学園をやめてしまった。しかし代わりに、とは言えないが今のクラウドの目の前には、あの、中学三年、高校進学寸前…廊下ですれ違った男がいた。
不良校に落ちぶれた朶悪紅洲中から星峡が引き抜いた、特別な存在。
その男は、高校になってクラウドの隣のクラスに編入した。そして今、彼は銃を構えて数メートル離れた的に狙いを定めている。
射撃部練習場。
発射音がして、弾は的の中心を正確に貫いた。三発目の弾だ。しかし的には弾一発分の穴しかあいていない。 三発とも、同じところを通したのだ。
それは、星峡に新星が現れたという希望、そして、
「……英雄セフィロスの記録を、抜いた……だと?」
動揺が訪れたことを意味していた。


『この度の部活動大会の出場者を発表する―――剣道部、セフィロス、クラウド……格闘部総合、セフィロス、ティファ……射撃部、セフィロス、…ヴィンセント、以上』
部活動大会、平易な名前ながら、一つの学園で数名しか出場することが許されない技術の高い大会だ。これに出場するには多くの予選を突破する必要がある。
何しろこの大会、命を賭けるような激しいものである。戦場に見立てた仮想空間の中で、それぞれの技を発揮する。精神体を投影する装置に身を繋ぎ、肉体的損傷を防ぐ代わりに精神的損傷を多く受ける。神経細胞に傷を受け感覚障害を持つ者が大会後続出し、このあまりの危険性に今年で最後となった。

ここ数年、学園放送ではセフィロスの名前のオンパレードだった。
『繰り返す。この度の部活動大会に出場する者は―――』
「ど…どうしよう」
食事をしていた手を止めて、ヴィンセントは呟いた。
「出ること、勝手に…」
「え?出るか出ないかって生徒が決められるものじゃないの〜?」
すぐさまそのヴィンセントの言葉に飛び付いたのはユフィだ。
「あの大会は……予選をすることはするが、関係無しに勝つだろう生徒を先生が勝手に決めるんだ」
「そんなのあり〜?」
「おいおい、今まで射撃部門は英雄様しか選ばれたことなかったのにな。すげぇなヴィン!」
隣で一緒に食事をしていた男子生徒に言われ、ヴィンセントはそうだろうかと首を傾げた。
星峡に来て初めて、ヴィンセントはセフィロスの伝説を聞いた。朶悪紅洲では無駄な情報は一切カットされるために星峡近辺ではあまりにも有名なこの話を聞いたことがなかったのだ。
そしてすぐに、セフィロスに魅せられた。
憧れだ。でもそんな英雄の記録を抜き、肩を並べ同じ大会にでてしまう自分がとても嫌で、怖かった。
そうだ、あれは一年前のこと。編入して射撃部に属し、銃の調節の為試しに撃ってみたところ、三発とも的の中心を射抜いたのだ。それはセフィロスの二発同じところを通した、とされる記録を抜いてしまったことになる。
「ちょっと、記録抜いちゃったこと、気にしてたりする?」
ユフィがヴィンセントの顔を覗き込む。
「そんなこと気にしなくていいのに。学年も違うしヴィンちゃんの実力でしょ?」
「……まぁ、…」
ヴィンセントは沈んだ顔をする。
ユフィは知らないが、あの後ヴィンセントにも様々な変化が訪れていたのだ。
それは、教師や生徒達の中に存在する、『セフィロス信仰者』からの迫害、ともよべるもの。
「最近あんた、射撃部に出てないらしいな」
ふと顔を上げると、見慣れない人物がヴィンセントの目の前に座っていた。
「ちょ、ちょっと、クラウド!」
後から息を切らしながら長い髪の女子生徒が駆け寄る。
「勝手に別のクラスで横から話割り込んで、何してるの」
「いや、気にしなくていい…それより、私はあんたを知ってる」
ヴィンセントは女の話を中断させて、その目の前の金髪の男に笑いかけた。
「剣道部で有名な、クラウド…」
「そう、チョコボ剣士〜♪」
ユフィがからかうと、クラウドはむっとした表情になる。
「……それより、さっきの放送は聞いたか?食事後、体育館の前庭に集合だ」
「………」
「……聞いてなかったか」
黙ってしまったヴィンセントに、ふぅ、とクラウドは溜息をついた。
「あ、私ティファよ。私も一緒に行くから」
「クラウドもティファもあたしのなっかよしな友達だからね〜二人とも、ヴィンちゃんをよろしく☆」
ユフィがティファとぱん、と手を合わせた。
「さぁヴィンちゃん、早くしないと時間無くなっちゃうよ〜」
「あぁ…」
弁当の中身を空にして、ヴィンセントはクラウドとティファと共に集合場所へと向かった。


「大会は二週間後、二年生は初めての大会だから、注意して体調を整えること」
教官の言うことを緊張気味に聞くヴィンセントの隣に、遅れて長身の男が立った。
長い銀髪の髪が、風に揺れる。その男を見た教官が小さく溜息をついて、言った。
「わからないことがあれば、この、セフィロスに聞け」
この人が、星峡の英雄、セフィロス…
セフィロスは二年生三人を一瞥し、鼻で笑った。クラウドはむっとした表情で睨み付け、ティファはそれをたしなめる。
ヴィンセントはその見下した笑みに、一瞬、優しさのようなものを感じ取っていた。
「格闘総合部門以外は、体調を整えるといっても、メンタル面での強化を頼む」
「教官、一体どんな大会なんですか?」
ティファが質問する。
「格闘総合部門は、競技者同士がトーナメント方式で競技する。いたって変わったところはない。特殊なのは、剣道と射撃だ。精神体を投影し仮想空間にて競技する。剣道部門は、仮想フィールド内のモンスター駆除…数とスピードを競う。射撃部門は、戦場に見立てたフィールドに隠された的を探しだし撃つこと。その点数を競う」
教官は一気に話し、暇そうにしていたセフィロスに声をかけた。
「三年は君一人だ。すべての大会にでてもらう。期待している。以上、解散」
教官は言うだけ言って去っていった。
「……ふん、下らない」
教官が去った後、しばらくしてからセフィロスがつまらなさそうに言った。
長い銀髪をひるがえし、セフィロスは教室に帰って行く。
「おい、ヴィン、ヴィンセント」
憧れの英雄が隣にいたというだけで、内心どきどきしてぼうっとしていたヴィンセントはクラウドの声に我にかえった。
「いけ好かないな。俺とティファは小学校の時からあいつと一緒だったが…いけ好かないのは変わらない」
「クラウド、彼の記録抜くのに必死だもんね」
ティファがくすくすと笑う。
「……まぁ、そういうことだ、ヴィンセント、よろしくな。俺は、あんたがセフィロスの記録を抜いた瞬間を見てたんだ。だから、尊敬する。あんただけだ、記録を抜いたのは」
「……でもね、ヴィンセント。最近射撃部行ってないんでしょ?…正確には、行かせてもらえないんでしょ」
ティファが表情を曇らせる。例の『迫害』だ。
「…これからは出なければいけないな…練習しなければ、よい結果も残せないだろうし」
半分上の空で話を終わらせ、ヴィンセントは教室へ戻る。先程からヴィンセントの意識はセフィロスの方へいったっきり戻ってこない。
今日はこれで家に帰れる日程だ。教室へ戻ったヴィンセントを迎えたのはユフィだった。他の生徒は既に帰宅、または部活に出たようだ。
「ヴィンセント〜遅いよ。今日は部活に出るの?」
「……行けそうにもない」
「うーん……どうしたの?様子、変だよ」
「………そうか?」
ヴィンセントの胸の動悸はまだおさまっていないようだ。ユフィは怪訝な顔をするが、すぐに話題を変える。ころころと表情が変わるのは、ユフィの人を引き付けるよいところだ。
「ねね、部活行かないなら一緒に帰ろ?」
「…ん?あぁ、そうするか」
大きく深呼吸して、ヴィンセントは鞄を持つとユフィと共に帰路につく。
「あ、今日の弁当…どうだった?」
隣を上機嫌で歩くユフィが笑顔できいてくる。
ヴィンセントの父は高校2年になってから家を出ている。帰ってくるまでの期間、ヴィンセントの弁当作りを買って出たのがユフィだったのだ。
「今日もおいしかった、ユフィ。いつもありがとう」
ヴィンセントもにっこりと笑って返す。ユフィは一瞬表情を凍らせるが、すぐに笑顔に戻った。それはぎこちないものだったが。
「あ、あはは…そんな大したものじゃないよ」
「……?」
「それよりもさ、なんかぼーっとしてない?ヴィンちゃん」
「………」
「あぁ、ちょうどここ、ここで初めて会ったときもそうだったよね」
二人が足を止めたのは、ゲーセンのすぐ脇の路地裏だった。
帰り道の途中にある、規模の大きなゲーセンだ。
「……確か、不良中生やってたな、ユフィ」
「あーもう、反省してるよ!!」
高校進学間際。反抗期真っ只中のユフィは父親と衝突して、このゲーセンに入り浸ってばかりいた。
不良少女ユフィは露出の高い服を着て、友達と一緒にこのゲーセンで遊びほうけていた。学校にはあまり行っていない。
今日も昨日も一昨日も、親から騙して奪った金を使い果たして、ユフィは仕方なく帰ろうとした。
友達とはゲーセンを出てすぐに別れる。また明日、と手を振って、路地の前を通った途端、ユフィは誰かに腕を掴まれて、その路地に引き込まれた。
「なっ?!」
コンクリートの地面に投げ捨てられたユフィは激しく背中を打って、咳込んだ。
「な、なにすんだよ!!」
「黙って金出しな」
ユフィを取り囲んでいたのは、三人の男。いかにも柄の悪そうな、知らない中学の制服を来た男がユフィの上に馬乗りになった。
「はぁ?金?!んなものもう使い切ったって!」
「今の状況わかってんのか?この女」
「嘘をつくのは賢くないな」
残り二人の男がユフィを真上から見下ろして、汚い笑みを浮かべる。
薄暗い路地で、夕方まで遊んでいたせいか、辺りは真っ暗、誰かが気付くとは思えない。
今これ、やばい状況なんだとは、ユフィも薄々気付いてきている。でもここで認識してしまったら、自分は抵抗できなくなる。
最後の抵抗だと思って、ユフィは殴られるのを覚悟で叫んだ。
「金なんて持ってないもんは持ってないんだ!男三人掛かりでくるあんたらの方が卑怯ってもんだろ!!」
「…ちっ、それほど犯されたいのか?」
馬乗りになった男の手が上がる。ユフィも思い切り暴れてやろうと全身に力を込めた、その時。
「……仕方ない…その少女を、救うとしよう…」
「な……」
その少しおかしな台詞に男三人は振り返った。ユフィもその方向を見る。
そこには長い黒髪の男が立っていた。またその後ろには制服を乱して着る赤髪の男と、スキンヘッドにサングラスの男が立っている。
「…こんなところで何をしている?」
サングラス男はその手に黒いグローブをはめ始め、赤髪、黒髪の男はライフルを背負っている。
明らかにこの三人の方が柄が悪い。
「お、おい、こいつら悪中の制服……!」
「関わるな、逃げるぞ!」
男達はユフィを放って一目散に逃げていった。
呆気ない男どもの退散に、ユフィは全身の力が抜けて、暫く何も話すことができなかった。
そんなユフィに黒髪の男が近づいて、ユフィの体を立たせる。
「大丈夫か?」
「………っ」
「あんたも、そんな格好してるから目を付けられるんだ、気をつけろ」
二人が話している間に、サングラスが赤髪に先に帰るように促すが、赤髪はわけがわからないのかぼやきつつも半ば強制的にサングラスに背を押されその場を離れた。


「あの時はさぁ、ヴィンちゃんが来てくれなかったら失ってた、って感じだよね〜」
「………失う…」
ユフィがヴィンセントとまた歩きだし、ヴィンセントの顔を伺い見ると、赤面したヴィンセントが視線をそらすのが見えた。予想通りの反応ににんまりとユフィが笑う。
「……それより、私からしてみれば…」


「早く帰った方が……」
「っ!!!」
女はいきなりヴィンセントに抱き着くと、わあっと声を上げて泣き出した。
「…怖かった、怖かったよぉ……」
「………(私が泣かせたみたいじゃないか)」
ヴィンセントが後ろの二人に助けを求めようと振り返ったが、既にこの雰囲気を察して気を遣ったルードがレノを引っ張って帰ってしまった後だった。
「な……」
「うっ、うっ…」
泣きじゃくる女にどうすることもできず、ヴィンセントはただ成されるがまま泣き止むのをじっと身を強張らせて待った。
―――しばらくして泣き止んだ女…ユフィと名乗った少女の隣を歩くヴィンセントの顔は少し赤く、ぼーっとしていたらしい。


「家の方向がほぼ一緒で、送ってもらったんだよね。ヴィンちゃん今みたいにぼーってしてた」
「それは、まぁ……今までユフィみたいな子と歩いた経験もなかったからな」
冬もやっと終わったというのに、何を間違えたのか春とは思えぬ格好で外出していたのはユフィだ。
「へー、なかったんだ〜」
「………」
歩いていると、ユフィの家の門が見えてきた。ユフィの父は何かのお偉いさんで、ユフィの家は豪華かつ質素なよい雰囲気の純和風な造りだ。
ヴィンセントは見る度いつも気圧されるのだが。
「じゃ、また明日ね〜」
「ユフィ」
少し悲しげな笑みで手を振り門をくぐろうとするユフィにヴィンセントは続ける。
「さすがに、いつも弁当、作ってもらうのは悪いから……明日は学食にする。ユフィは休暇してくれ」
「あ……いや別に気にしないでよ。でも…あり、がとう…」
ヴィンセントには何故ユフィが切なそうにするのかわからなかった。


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