眺<みる>




―――呼ばれたのだ。
「半蔵、すまぬ」
「……………」
風魔の部屋ではなく忠勝の部屋に。
珍しいことだ。部屋に入り、忠勝の前に座り、まず言われたのがこの言葉。
ただし、口に何かを含ませながら。
「……忠勝、一体何を食っておる。加えて何用」
「いや、な。美味いぞ」
ちがう、そんなことは聞いてない。
「昨日稲がギン千代と京に行ったらしくてな」
「………で?」
立花ギン千代は稲の友である。最近は二人で遊びにいくことが多いみたいだが。ギン千代が本多一家の一員になっている状態だ。
しかし、ギン千代の忠勝を見る目は危険な雰囲気を醸し出している。と半蔵は思う。
「それで、だが…風魔殿にこれを渡して来てくれぬか?」
「…………は?」
渡されたもの、鮮やかな色紙に包まれた箱。
「稲が、土産ものだと」




始まりは、そうだった。

とある一つの物を挟んだだけの至近距離で、風魔と半蔵は対峙した。一方は胡座をかき、一方は正座をして、両者沈黙を保っている。
―――が、しばらくして、その暗い天守に静かな声が流れ始めた。
「半蔵、これは新しい手裏剣か?」
いえ、こんなもの飛ばしてもなんの威力もありません。
「しかし、円月輪のようにまわりに刃も付いておらぬな」
……本気で言ってるんですか?
「…この、黒い紙みたいなのはなんだ」
海苔です。
「こちらの黒い粒状のものはなんだ」
黒胡麻といいます。
「…良い匂いがするな。これは食べ物か?」
「はい」
今まで心の中で突っ込み続けていた半蔵が、初めて口を開いた。
風魔といえば、全く知らないものを興味津々に眺める、子供のような表情を浮かべている。
なんだ、このような顔もできるではないか。
こんな顔を見れば、今風魔の恐怖に支配されている徳川勢も彼に対する印象が変わるであろう。
もし風魔が稲のような愛らしい娘であれば(想像はしたくないが)誰もが風魔を愛するだろうに。
「この匂いは」
「醤油」
「何でできておる」
「米、也」
可愛いなぁ、とかなんとか思いながら、半蔵はいつもの仏頂面が少しばかり緩んだ顔で、風魔を眺めていた。
「ほう、これが米からできているとは」
皆が怯える風魔の風貌。気に入ってしまっている(見なれている?)半蔵にはなんて事はない。藍のけわいも、毎日…風魔自身がひいている。その姿を実際に見たことはないが、それを想像してみると毎日律儀なことだ。失敗とかしたら、どうするのだろう。風魔に失敗はないのか。
徳川勢に教えてやりたい。しかし風魔はめったに姿を現さず、このような顔が見れる機会を持っているのも半蔵のみだ。
叶えられぬ願い、か。
残念だ、と思う半蔵はさておいておき、本題に戻そう。
米からなり、円形、海苔のまかれたもの、胡麻がふってあるもの多種にわたり、醤油の香ばしい匂いのするもの、なんでしょう。
「半蔵、これはなんだ」
「煎餅、なるもの也」
ついと一つ、それに手を伸ばして数回揺らめかせて見てみれば、風魔はぽつりと一言、
「固そうだな」
「………」
確かにそれは、京の土産物の中でも特徴付ける為か固く焼き上げられておる。しかし、半蔵にとってそのようなことはどうでも良いことであった。

―――見よ、煎餅一枚持ちて眺める風魔のその姿、可愛らしいことこの上ない…―――

いや、似合わぬ、似合わぬと半蔵は何度も念じた。
「……半蔵、食うてみよ」
はっとして、半蔵は風魔の持つものとは違う種類の煎餅を手に取った。
半蔵が食べれば、風魔も食べるらしい。毒味、とも言い換えられるか……?
これくらいの命令ならどうと言うこともあるまい。
ひとくちかじり、咀嚼し、飲み込む。
醤油の甘く香ばしい匂いが口と鼻に広がった。
「……うまいか」
「………」
旨味を実感しつつ、ただ素直に、半蔵は頷いた。
しばらくの間があき、がりつと歯のたてられた音に、ふと我に帰る。
団子を食べる姿は何度か見たものの、海苔の煎餅を噛み砕くその姿は本邦初公開といったところか。
―――いや、半蔵のみではあるのだが。
「…美味いが、固い」
「…………」
「我は、固いものは好かぬ」

天下(一歩手前)の風魔小太郎は、固いものがお嫌いか

その言葉に唖然としつつ、半蔵は問う。
「い、いや……今まで食事にでていた固いものは、如何に」
「あれは食事であろう。喰うたわ。しかしこれは違う」
好みはしないが、食事なら食べる。しかしこの煎餅なるものは、食べなくても良いものだ。
そう言いたいのだろうか。
「……………………」
何も言えずに黙っている半蔵に、―――いや、正確には半蔵の持っているものに、風魔は興味の目を向けた。
「…………」
「…………」
「……半蔵、こちらへこい」
「………?」
半蔵は風魔の傍らに座り、持ってきてしまったひとくち分減った煎餅をどうしようかと持て余していると、風魔が自身のと見比べて首を傾げた。
「そちらは、どんな味なのだ?」
「……固いものは嫌いなのであろう」
「ああ」
「………それでも、食うのか?」
風魔はしばし考え込んで、
「半蔵、食うてみよ」
と、わけのわからぬことを言った。
どうしたものかと思ったが、半蔵は仕方なくふたくち目を口にして、二、三回噛み砕かぬうちに、それは突然起こった。
「寄越せ」
「……???!!!」
風魔が半蔵の体を抱き寄せたかと思うと、その口を自身のそれで塞いで、こじ開けた。
「!!!!!!」
口内の幾分食い易くなったそれを、風魔は半蔵の口から器用に強奪した。口を離す。
「…………」
「な、なにをするか!!!」
半蔵の口に入れたものが風魔の喉を通り、それを見た半蔵は声を荒げて叫んだ。
「寄越せと言うたまでよ」
「…なぜ……!」
「嫌だったか?」
「嫌に決まっておるわ!」
叫んでから、半蔵はふと気付く。
どこかがズレている風魔のことだ、普通の人が嫌がるようなことは大してなんとも思わないのかもしれない。
「こうすれば、我も食い易い」
どういう理由だ。
「うまかった」
「…………」
―――うまいわけ、なかろうが。この風め―――
「……お主、自分がされたら嫌だと思わぬか?」
「されたことがないからわからん」
半蔵には、二の句が継げなかった。
「ふん、まぁよいだろう。さっさと、寄越せ」
「だから、自分で食えば良かろう…」
「嫌だ」
煎餅が気に入ったのか、気に入らなかったのか、やはり良くわからない表情で風魔は煎餅を強請る。
命令だとは、言わない風魔。
「我が良いと言っているのだ。問題はなかろう?」
「…………」
獣、じみてる。
まるで親鳥が雛に餌をやるような、そんな動物的なやりとり。

仕方ない。今は、従っておいてやろう
繰り返すうち嫌でなくなってきているのは、お主が侵食してきたからだ


苦情は一切受け付けません(笑






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