面<こころ>


時、日の出少し前。薄い霧のかかる、朝独特のほんのりとした明るさを持つ庭を、半蔵は部屋の中から眺めていた。この時間に起きるのは、半蔵の日課となっている。
冷えた朝。この空気が半蔵の体を目覚めさせる。
新鮮な空気を思いっきり吸って、吐いた。
次第に、山の際から太陽が顔を出す―――と、赤いものが、それを遮る。
線、糸、紐…?全て違う。
「…………」
彼の、あの赤い髪だ。
また、来た。
赤いそれは天井から五条……半蔵の目の前に垂れ下がっている。
ふっと天井を見上げると、そこには何もない。
「……どこを見ている。半蔵」
見上げた頃には、降りてきている。

気に障る……

半蔵は仏頂面を風魔に向けた。いつもの、何を考えているかさっぱり読めない風魔のあの顔が、半蔵を見下ろしている。
その眼差しに、つい先日の事が思い出された。言いたいことだけ言って、消えてしまったあの日が。
「半蔵」
そんな顔をするなとでも言いたげに、風魔が唇を合わせてくる。
半蔵とこうやって会う時はいつもそうだ。風魔の挨拶代わりか。
つい先日、こうやって口付けて、<好く>の言葉を理解させて、そうして。
ああそうだ、聞きたいことが残っていたではないか。
半蔵は触れるだけの口付けの後、まだ風魔との距離が開かないうちに口を開いた。
「…拙者とは、座興ではなかったのか」
<好いておる>なんて言うだけ言って
「………なんのことだ?」
半蔵の思いなどそっちのけで、風魔は微かに開いた半蔵の口に舌を滑り込ませた。

―――忘れたか

舌を追われながら、半蔵は何故か切ない気持ちに襲われた。
やはり、聞いたのがいけなかった。何故聞いてしまったのか。そう、どこかで期待していた自分がいたからではなかったか。しかし同時に、期待してはならぬと諌める自分も存在していた。彼の言葉は、定かではないからと。変な気分だった。


どこまでが本当で、何が気まぐれなのか
何を信じてよいのか

己を、本当に好いておるのか。獣のようなこの口付けをしてくるのは、好いているからなのか


―――知らぬうちに、取り込まれておったのは自分であったか―――
気が付けば半蔵の小柄の体は、すっぽりと半蔵を抱き締める風魔の腕の中に収まっていた。半蔵に回す腕に力は、心地よい程度に込められている。
―――意外と、優しく抱き締めるものだ―――
心地よい。主を犬だ狸だと賤しめるこの男はどうしても憎むべき相手になるのだが、そしてこの男の紡ぐ言葉は掴み所のないものでもあるのだが、やはりこうしておると心地よい。
朝の景色も忘れ、世界が風魔だけになる。

―――何故、こんな想いになる
―――何故、こんな想いにさせる

「……風魔、何用」
「理由も意味もない」
いつもの口癖。
半蔵はしばらくして解放された後、大の字になって畳に寝転んだ風魔に迷惑そうに尋ねた。
「……いや、違うな」
「?」
しょうがない、茶だけでも出してやろうと、下働きの者に言って頼む。室内に戻ると、風魔がうわ言のように呟いた言葉に耳を疑った。
「うぬに会いとうなった」
―――何を信じるべきか、半蔵にはわからなかった。


昨日まで働き詰めだった半蔵を気にかけ、家康は今日一日を半蔵が休めるようにと休みを当ててくれた。
だからこそ、特に何もすることがない。
朝、昼、夕と日が傾く。
朝一から風魔はこの部屋にいるのだが、特に何もせず、部屋と縁側を遮る障子の縁にもたれ掛かって、庭を眺めたり、まどろんでいるだけであった。
今日一日の時の流れが、異様に遅い。
半蔵も特に何をするというわけでもなく、風魔に声をかけるというわけでもなく、しかし逆にいえばどうすることもできずに、風魔の近くに座り同じく外を眺めていた。
風魔のまどろみがうつったのか、半蔵も少々眠たくなってきている。
仕事で、疲れていたのだろうか。
「…………」
どれだけ、時間が経ったろう。
睡魔に負けた半蔵が目を覚ますと、そこは風魔の膝の上だった。
正確には胡座をかいてもたれ掛かっている風魔に抱き締められるように、その腕の中で丸まって寝ていたのだが。
「?!」
「…起きたか。疲れてたのだろう?」
近くに座っていただけだったのに、何故自分はこのような状態になっているのか、どうしてそれに自分は気付かなかったのか、一気に疑問が巡り、体が硬直する。
「…………風魔」
「半蔵」
また、わけのわからぬ口付けが降ってきた。頭ではそう思っていても、それによって体の硬直が解けていく。
寝ている間に、風魔に抱きかかえられていたのだと。それに気付かぬほど、油断していたのだと。
頭がやっと理解した。
風魔の口付けは少しずつ位置を変えてゆき、首筋へと下りていった。半蔵の着物の胸を軽くはだけさせ、鎖骨にも唇を寄せる。少し無理な体勢になったのを、半蔵は風魔にしがみついて凌いだ。
「っ……」
首筋を舐め上げられて、思わず半蔵は身を震わせる。
「……聞き忘れていたことがあった」
体勢から向かいあわせになった状態で、風魔が顔を上げ、しかしすぐに半蔵の肩に顎を置くようにして抱きついた。
「…?」
風魔の顔は、見れない。風魔からも、半蔵の顔は見れない。
「我は、半蔵を好いておる」
「…………」
「うぬは、風魔を好いておるか」
その瞬間、半蔵は自分でも情けない顔をしたと自覚した。
―――少しだけ、少しだけ期待しても良いだろうか。
「好いておるのか…?」
―――その言葉に
「拙者は……わからぬ。ただ、嫌いではない…」
口にするのは、まだ躊躇われるから。
「………そう、か」
それだけいうと、風魔はまた半蔵の肌で戯れはじめる。
「…風魔」
その感覚に耐えかねた半蔵は、少しの期待を持って風魔の耳元で囁く。
「好いておるだけならば、このようなことはせぬ」
「?」
頭に疑問符を浮かべて、風魔は半蔵の顔を見る。
「……では、このように口付け戯れるのは、何という?」
「……………」
「<好いた>あとのことなのだろう?好いた後は、何という?」
この男は、『知らない』だけなのだ。
答えようとして、半蔵はあることに気が付いた。
この少ない期待には、大きな恥が伴うということを。
「好いた後、何をするのだ。今の我は、どうしているのだ?」
答えを急かすように、風魔は問いつめる。半蔵は後悔しつつも口を開いた。それはそれは、ぎこちなく。
「そ、それは……あ、愛する、と……」
「アイスル?」
……第六天魔王も一応知っている言葉だぞ、と半蔵は首をかしげる風魔に向かって毒づいた。
「好いておるもの同士であるなら、そう……」
「そうか、<愛する>か」
どこぞの軍の軍略家が、声高らかに主張している<愛>、とは少しばかり意味合いが違うように思われるが、あの男ぐらい恥じることなく言えたならまだマシだったか、と思う。
「………愛する」
風魔がしばらく反芻していたが、ふと半蔵の顔を見るとにやり、と笑った。
前にもこんな場面があったよな、と思っていた半蔵は、一瞬にして凍り付いた。

―――今、自分はとんでもないことを言わなかっただろうか?――

「<好いておる者同士>ならば、愛するというのだな」
「……………(orz)」

ああもう失言なんて、情けない

がくぅっと項垂れた半蔵を、ぎゅうと抱き締めて風魔は心底面白そうに微笑み、その耳元で囁いた。
「愛しておる、半蔵」
此度風魔は、風となって消えることなく。
「……信じよ」
その後に放たれた言葉に、半蔵は無性に泣きたくなった。
半蔵は顔を風魔の首筋にうずめ、少し、笑った。


「ところで、半蔵」
風魔は半蔵を抱き締める手に力を込め、
「好いておるもの同士がまぐわっておったが、アレは何というのだ?」

半蔵の頭の中が、一気に混沌へと吹き飛んだ。

ちょっと切なめあまあま?小太半完成


小太郎が段々着実に半蔵さんに言葉を教わっていますv



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