「……幼平、あの雲見てただろう?」
指さされた先には、確かに自分が何気なく見ていた雲。
「………」
太史慈が自分の視線を追っていった気配はしなかった。
空は、青く晴れて。



ぼーっと座って空を見ていた太史慈に、後ろから引っ付くようにして抱き締めた。
座った膝の間で身じろぎする相手の体を禁めるように強く抱き締めると、観念したのか逆に身を寄せてくる。
いつものような重い鎧も身につけていない。
お互いに少し厚めの着物しか着ないほど、無防備で。
それもこれも、今は戦争が起こる気がしないほど平和な気がして。
「………いい背もたれが出来た」
背中を預けられるような…そんな存在にもなって。
周泰は、太史慈の長い髪を解き、弄り始めた。
指に絡まる髪に口付ける。

お互いの顔は見れない。
相手が今どんな表情をしているのか気になるところだが。

知らなくても大丈夫。




「……違うか?」
「…そうだ………」
何故わかる、という言葉が紡がれる前に、太史慈が口を開く。
「もう一回、なんか別の雲見てみてくれ」
「………」
「いいから。確認したいんだ」
言われて、今度は薄い雲を見た。
しばらくして、その雲が指さされる。
「………あれか?」
「…ああ」
「……なぁ、幼平は感じないのか?」
嬉しがって笑うのかと思いきや、少し悲しそうに太史慈は周泰を見上げた。
顔は完全に見えないが、そんな表情をしていることは空気でわかる。
周泰は、何も言わない。


「…俺は…目が合ったって思ったんだが」
「何?」
「空を見て、だ」


実際に目が合ったわけではないだろう。
でも、空のどこかでお互いに目線が反射して、ぶつかる。
「…だから、わかったような気がするんだ。どこかで目線が合ったから、見ている雲がわかって」
「目が、合う?」
「幼平と目を合わせた感じが…空のどこかを見て感じた。幼平と目が合ってる感じが、空で」
どう説明していいかわからないのだろう。
さっきから同じことしか言っていない。

微妙な、空気の色が。
太史慈を不安にさせた。




ああ、なんだ
幼平は感じなかったんだ
お互いに、目が合ったなんてそんなこと






肝心なことがわかってしまった。
虚しさが、太史慈を支配した。

何も言わない周泰。
何も言えない周泰。






「………俺は…………」
「空、見上げてただけじゃ…目なんか合わないよな」
馬鹿馬鹿しいかな、と。
雲を当てたのも、本当はまぐれかもしれないと。
太史慈は、俯いて笑う。
それに何も言えない自分を発見して、周泰はもう一回空を見た。



本当に思ってくれているのは太史慈の方で。
太史慈の何を求めていたのか、わからなくなった。


……そんなことはないと。
嘘でも言えばよかったかもしれない。
自分もどこか、太史慈が見ている先を感じていたと。
嘘でも言えれば楽だったかもしれない。



気付かなかった自分が、自分で殺してしまいたくなるほど憎く。
空回りしてしまう、軽い気持ちでずっと太史慈に接していたのだと思えることに腹が立つ。
太史慈は、自分を真剣に思ってくれていた。
思いに応えられていないのは、自分の方だった。


悪いのは自分。
求めていいかと、そういったのは躰だけだろうか。
本当に求めるものは、心だったというのに。
心は目に見えないから、目に見える躰を求め。
心を置き去りにしたのは、自分。
一番愛してほしかったのは心だろうに。
太史慈は何も言わなかった。

言わなくちゃ、通じ合うわけでもないけど
少しぐらいは、理解したかった






「……幼平が、後ろにいてくれるだけで安心するな」
「…子義」
「殿も、孫権殿も…同じなんだろうな」




全てを誤魔化すように、周泰は太史慈をただ抱き締めるだけ










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