徒然なるままに、日暮らし


華北の冬は寒くて長いから

春が来て暖かくなるまで

肩を寄せあい生きていこう

春が来ても君が望むなら

満たされるまで傍にいよう

願わくは

天よ我らを離別の道へと辿らせること勿かれ





「・・・何をなさってるんです?」
いきなり背後から声をかけられて、袁紹は飛び上がらんばかりに驚いた。
自分でも滅茶苦茶な顔をしている、と自覚しつつ、声の主へと顔だけで振り返る。
張コウ。確かにその男の顔がそこにはあった。
この宮殿の自分の私室において、入り口に立っているはずの護衛兵を通さずに、しかも気配を
消して入って自分の背後をとれる人物は張コウ以外にはいないことに気付き、袁紹は嘆息した。
視線を張コウから先程まで向かっていた棚に戻して、答える。
「古い書簡や書物を整理してる」
なに、張コウ、お主にはつまらんことだ、と付け加えて、袁紹は古びた竹簡の1つを手にとり広げた。
それを張コウが後ろから覗き見る。
「その手紙の差出人は曹操ですか」
「悪いくせだぞ、張コウ」
何かにつけて、人のコトに首を突っ込みたがる。
そのくせ、自分のコトはあまり話そうとはしない。
その美しい笑みの下に秘められているのは、何。
「いいじゃないですか。私は殿のコトが知りたいだけなんですから」
何も答えずに、手にしていた竹簡を傍の廃棄用と書かれた木箱に放り投げる。
静まりかえった袁紹の私室には似つかわしくない音がして、それが張コウを少しどきりとさせる。
「何か用があってわざわざここまで来たのだろう?用件を言え」
振り返りもせず、袁紹は冷たく言い放った。
「・・・・・」
張コウが沈黙を保っている間にも、次々と書類や竹簡が木箱には投げ込まれていく。
袁紹は知らない。少し張コウの顔が笑みから暗いものへと変わっているのを。
「・・・殿に見せたいものがありまして」
声の調子がさっきと微妙に違うのを聞き分けて、袁紹が振り返った。
今度はちゃんと手を止めて、張コウに真正面から向かい合う格好になる。
対する張コウは、少し下がって、袁紹の事務用の机にもたれ掛かるような状態。
顔だけは、いつものあの笑みを浮かべて。
「何だ?珍しいな」
主従の契りを交わしてから、もう随分経つというのに。
袁紹にはこのぎこちなさがたまらなかった。
そう、いつも傷つけるのは自分。肉体的にも精神的にも。
拒んでも、受け入れても。
この男の扱いは難しい。
「でも、もう多分無理です。日も暮れてしまいましたし」
張コウがふっと視線を窓の外へと向けて、続けた。
「明かり、灯しましょうか。暗いと作業しづらいでしょう?」
袁紹の返事を待つまでもなく、部屋の燭台に火をつけてまわる。
「『見せたいもの』っていうのは外にでもあるのか?」
後姿に、袁紹が呼び掛けた。
何故か、会話を続けなければならないような気がしていた。
こうでもしなければ、いつかは消える炎のように、張コウまでも消えてしまうような、
そんな寒気が袁紹の中を駆け巡っていた。
「まぁ、そんなところです。明日いい時間になったら、また来ますから。その時にでも」
部屋の燭台に火を全て灯し終え、張コウはここにいても邪魔になりますから失礼します、
と部屋を後にした。
何も言えずに、袁紹はしばらくその場に立ち尽くした。


翌日の夕暮れ時。言った通り、張コウは部屋にやってきた。
部屋への侵入の仕方は相変わらずだったが、今回は袁紹が机に向かっていたので、すぐに気付いた。
「殿―――」
「張コウ、書簡は昨日のままにしてある。そんなに気になるなら読んでも構わん」
張コウを遮って、袁紹が後ろ―――昨日の木箱を指さす。
「後でゆっくり読ませていただきますよ。それより」
「うむ。わかっている」
袁紹が席を立って、張コウがいざなう。

二人が出てきたのは宮殿の中庭だった。
大きな池に陽が斜にさして、無数の宝石のごとく煌めいている。
「どうです?なかなかのものでしょう。結構気に入ってるんですよ」
「そうだな」
毎日見てるとはいえ、あまり注目していたわけではない。
春は柔らかな桃、夏は鮮やかな緑、秋は艶やかな赤黄色、冬は一面の白。
そんな印象しかないから、こうして改めて時々刻々と変化する庭の風景を見せられると感慨も一入である。
「それでも、張コウ、お主の美しさにはかなわんだろう」
袁紹が言うと、張コウは面喰らったような顔をして、笑った。
「殿にそう言って貰えると嬉しいです」
今までに見たことのない笑みを浮かべた張コウ。
袁紹からそんな臭いセリフが出るとは思ってもみなかったようだ。
「そうか」
照れ隠しに、袁紹はまだ輝きを放っている池の方に目をやる。
すると張コウが袁紹の視界を遮り、
「池なんかより私の方を見て下さい」
私の方が美しいんでしょう?と囁いて、袁紹の首に手をまわす。
そのまま有無を言わせず、張コウは袁紹の唇を己のそれで塞いだ。

深く長いくちづけ

と思いきや。突如、一陣の木枯らしが吹き去った。
身震いひとつして、張コウが唇を離す。
抱き合ったまま、袁紹が呟いた。
「随分、寒くなったものな」
それに相槌を打って、張コウ。
「じゃあ続きは暖かい殿の部屋でしましょうか」
ウインクを投げかけて、腕をほどき、張コウは意気揚々と袁紹の部屋へ歩みを進める。
楽しそうに揺れる青いリボンを追いながら、袁紹は今夜は寝かしてくれそうもないだろうな、
と胸中で独りごちた。
微笑ましいような、誇らしいような、そんな気持ちで一杯だった。

これからまたこの華北の地に寒い寒い冬が来る。


願わくは

天よ我らを離別の道へと辿らせること勿かれ



私の中で、袁紹は結構いい人キャラで通ってます。
彼なりに悩んでる、そんな感じで。
張コウ×袁紹だけど、個人的にはキスの時だけは袁紹に主導権を握って貰っていたい、そんな感じですね。
ようやく鴻月自身の作品をupできました。
おめでとう。




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