三国の彼方


太史慈の放った矢は、見事、不自然に止まっていた兎に突き刺さった。と、そこに二つの異質な気配を感じとる。
何か話しているようだが、何を言っているのかは聞き取れない。それが人であることは分かったが、得体のしれないものの前に単身で出ることは躊躇われた。
確かに刺客の急襲に備えて必要最低限のものはもっているが、二人を相手にするのは正直太史慈にもつらい。
「……どうする」
とりあえず、その姿を確認するとしよう。相手がすぐに出てこないということは、まだこちらの姿は発見できていないのではないだろうか。いや、そう信じたい。
「…………」
傍にあった木の影から伺い見てみると、これでもかというほどの大男が堂々たる姿で立っていた。挑んでも、かないそうにない。
「………?」
声は、二人したはずだが。
もう少し身を乗り出すと、別方向から視線を感じ、すぐにそちらに目を向けた。
一人の男が、こちらを見ている。
しかもその男からは、身を隠す為の木が逆に太史慈を際立たせていた。つまり、この男からは、太史慈の姿が丸見えだったようである。
「っっっ…なッ……!」
この小柄な男、目を爛々と殺気に満たし、物騒な刃物を構えていた。呉の地方では見たこともない。
しかし太史慈が驚いたのは、その男の容貌だった。
「ちっ……ちっさい…小さい幼平がいる…!!」
「―――?」
「―――……」
太史慈が叫ぶと、二人は何か言ったようだが言葉は理解できない。この地方の言葉ではないのだろうか。
「いや、違う……な。お主ら、どこの者だ?」
聞いてもわからぬのに、聞いてしまうあたり太史慈も動揺しているようだ。
武器の構えを解く二人に、敵意は感じられない。
お互いに、首をかしげる。言葉が通じぬのなら、仕方ない。
「どうするか……殿にお伝えするか」
とりあえず、太史慈は困った顔に、それらしく腕組をした。その後二人を指す。
<もしもお前たちが困っているのなら>
周泰似の男が頷く。一応、伝わったらしい。
次に、建業の城下へと通じる森の出口に向かい数歩進むと、振り返って手招いた。
<俺についてこい>
大男がまずついてくる。その後を小柄な男もついてきた。
まさか、この大きな拾い物がハチャメチャな物語の始まりだとは、今の太史慈には知る由もなかった―――


時々、小幼平(勝手に命名)の顔を見ては、いつもの癖で少し笑った。
市で賑わう城下町を避け、人通りの少ない城壁の外を通り抜けていく。
彼の傷とは、逆だった。しかも顔に真横一文字に走る太刀傷は痛々しい。無表情なところも、大男に比べて口数の少ないところも、周泰そっくりだった。
しかし、気になるのは隣を歩く大男も同じだった。
鹿の角に模した兜。その重装備、どこかで見たことがある。
太史慈は思わず首を傾げた。
そして二人が何か話している中、城の裏を通り謁見の間の前に到着すると、二人をそこで待たせることにした。
<ここで待て>
手で制止を示すと、大男が頷く。
太史慈はその扉をくぐると、立派な椅子に腰掛けて居眠りしていた孫策を揺り起こした。
「殿……殿」
「おう、子義か……狩の調子は?」
「いえ、それが……」
覚醒の早い孫策は、太史慈から一部始終を聞くと、すっくと立ち上がる。
「この国の者ではないのでしょう…言葉が通じません」
「んで、そいつらどこにいる」
「そこの扉の外で待たせ………っ!!!」
答えてから、太史慈は後悔した。しかしそれも遅く、ふと目の前から孫策の姿が消える。
こういう時の孫策は、素早い。
「伯符様っ!!」
「敵意はねぇンだろ〜?!」
次第に遠くなっていく主の声に、太史慈は溜め息をついた。
あの二人が驚かなければ良いのだが。

孫策は勢い良く扉を開けると、目の前にいる二人の男を満面の笑顔で迎えた。
「おう!お前らがそうなのか?!」
「―――…」
「ちょっと、孫策様!なんて音を―――」
隣から陸遜の声が聞こえる。顔を出した陸遜は手に持っていた竹巻を落とすと、すぐにまた引っ込んで、また顔を出した。
「そ、孫策様…!これを見て下さい!」
「あぁ?」
陸遜が持ってきたのは、呉の歴史が記された本だった。高価な紙が使用される程の、大切なものだ。
「これ、彼そっくりですよ?!」
陸遜が示したその一頁には、昔孫堅が敵から逃れる際、力を貸したとされる伝説の鬼の姿があった。鬼といっても神に分類されているようなものだ。それは今でも呉の民を護っているとされている。
「何が似ているんですか?」
「おうこれだよこれ。なんかみたことあんなーって思ってたがよ」
太史慈が二人の間に入り、興奮する陸遜を少しなだめる。
「彼こそ、この伝説が具現化した者なんですよ!」
陸遜が大声で叫ぶと、奥から張昭や張紘、魯粛などの軍師が出てきた。周瑜の姿も見える。
「おや……確かに」
「しかし、本当ですかな?」
陸遜の演説を聞いた張昭は疑わしげに顎に手を当てると、忠勝を遠目から見る。
「あれがもし神だとしても、隣の小さいのはなんなんだ?」
「さぁ……」
「とりあえず、どれだけ強いのか試させてもらうのはどうだろう」
周瑜が提案すると、一同は皆頷く。
「強ければ、我が軍の戦力ともなろう」
「問題は、誰に相手させるかだろ」
そこで孫策は、片手を上げてその闘争に相応しい人物の名を叫んだ。


続く

御国が進む度に、増えていきます!







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