者帯駮刃-駮刃を持つ者-2

部屋を出ると、見知らぬ老人と男が周泰を待っていたかのように立っていた。
そこは普通の兵士なら入れないような庭である。
「…誰だ…」
短刀に手をかけて、周泰はその2人を睨み付ける。
それにしても、なぜ孫権や陸遜は気付かなかったのだろうか?
「私は、于吉…と言えば分かってもらえるだろうか?」
「…?!」
あの、孫策を呪い殺したと言われる張本人ではないか。周泰に一つの不安がよぎる。太史慈のあの症状は、孫策によく似てはいなかったか?
「貴様……まさか、子義までも……!」
「…いや、確かに原因は私かもしれないが、今回は私ではないのだよ」
奇妙な物言いをして、于吉は困ったように笑うと、隣の男を見上げながら言う。
「このような場所で話をするのは不都合なのだが。場所を変えてはくれないかね」
この者たちも、何か話したいことがあるのだろう。何か不都合なことがあれば、即刻切り捨てれば良いのだ。 周泰は取り合えず話を聞くことにして、自室へと彼らを導いた。
この仙人の能力か、途中誰とも会うことはなかった。
しかし特に気になるのは、于吉のあとをついて歩く男だ。
髪はとても長く、腰の位置は優に越え、薄黄色をしている。そして額から右目にかけて、深い傷跡が走っていた。
部屋に入ってすぐ、周泰は問いただす。
「そいつは……誰だ」
于吉はその問いに妖しげな笑いをすると、その男の肩に手を置いた。
「こやつの名は、『豹』だよ」
「『豹』…?」
「今から、お主になる者だ」
刹那、周泰は頭を何かで撃ち抜かれるような感覚がして、鈍い痛みに頭を抱えて片膝をついた。言葉の意味を理解しきれぬまま、一瞬だけの痛みが消えた後周泰は顔を上げた。
「!」
目の前に、『周泰』がいた。変わりに、「豹」の姿は消えている。
「………」
「吃驚したかね」
周泰が何も言えずにいると、于吉が口を開く。
「お主、周泰の記憶と姿を借りさせてもらったぞ。何、安心しろ。今回私はお主に協力する為に来たのだから」
「……何?」
これも、幻術か。于吉が最も得意とするもの。
「孫策の病を知っているな?そして今回の太史慈とやらの病も…あれは似て非なるもの。あれは太史慈とやらが自ら呼び込んだものだ。それも、無意識のうちに」
于吉は淡々と続ける。
「あの、死人に心囚われた武人を、お主は助けたいのだろう?」
周泰は素直に頷く。
「では、虎を捜せ、虎を見つけられれば、自ずと先も見えてこよう」
あとは豹に聞くがいい、と言って于吉は消えてしまった。
「お前は『駮』となるか?『兎』となるか?」
そんな謎めいた言葉を残して。

「何故、俺が人間ごときに協力しなければならない」
ちっと舌打ちをして、豹―――今は周泰の姿をしているが―――は、大きな溜め息をついた。
「あのクソ仙人に従わなきゃならないのも納得いかぬ」
一人でぶつぶつと喋る豹を睨み付け、周泰は疑いの念を発していた。
「…………」
「…信用いかないみたいだな」
俺はさっさと終わらせたいのだがな、と周泰の様子を見ていた豹は続ける。
「わかったか?俺は、あんたの代わりだ。あんたが虎を探している間、城での事は俺に任せろ。記憶があればなんとかなる」
周泰はとりあえず頷いたが、先程から感じていた違和感をやっと口に出すことができた。
「……しかし、傷が逆だ」
「あ?…あぁ」
指さされて、豹は自分の顔を撫でる。
「こんなものは幻術で何とかする。すれ違う人間には、みんな傷が左側にあるように見えるさ。大体そんなにそっくりだと、あんたも気持ちが悪いだろう?俺とあんたの区別として、あんたと于吉の前では…俺の傷はこの通り、そのままだ」
流石に視覚の幻術ゆえに、触るとやばいだろうな、と豹は他人事のように言う。
「…………」
「あんたは心置きなく虎を探すがいい」
「…虎とはなんだ…?」
「まだわからないのか?」
二度目の溜め息に、自分もこのように溜め息をついているのかと思うとゾッとした。
「虎っていうのは、…孫策の残留思念。それも、あんたの助けたい、太史慈が引き留めたものだ」
「……子義、が……?」
「死人を想い過ぎると、こういうことになる。想われた方の死人も、完全にあっちへは行けない…」
あともう一つ、と豹は付け加える。
「本当は、太史慈本人が虎に会うべきなのだ。自分の犯したことを、死んだという現実を見つめる為に。しかし彼奴は動けぬほどの重い状態、だから、俺はあんたのいる場所と太史慈のいる場所を繋ぐ役割をしなきゃならない。俺はあんたの目、そして同時に太史慈の目として存在しなきゃいけない」
ふぅ、と一息ついて豹は部屋の扉に手をかけた。
「……ふん、『子義』か」
豹は歪んだ笑みを周泰に向けると、心底面白そうに言った。
「あんたは、結構あいつに酷いことをしているのだなぁ?それを許すあいつも、相当なお人好しか」
周泰の記憶で過去を辿ったのだろう。タチの悪い奴だ。周泰はぐっと唇をかむと、再び豹を睨み付ける。
それを軽く受け流して、豹は頑張れよ、と言い部屋を去ろうとした。
「……子義に手を出すな…!」
周泰の静かだが力強い叫びを背に受け止めて、豹は姿を消した。


一刻も早く、事を終わらさなければならない。
他人に過去を読まれるというのは、気分が悪いものだ。周泰には珍しく、苛々して机の足を蹴る。舌打ちもした。しかし気持ちが落ち着くわけがない。
とりあえず、周泰は愛刀刹那を持つと部屋を出る。
馬を引いてくると、周泰は一気に駆けた。
大体の、虎の居場所の見当はついている。





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