宅配旅行

―カーム―

メテオ災害から2年後。その決戦の日、私はセフィロスが笑ったのを見た―――いや、感じた。
あまりに短い、刹那と呼べる程の時間だったのにも関わらず、はっきりと覚えている。
セフィロスは、クラウド以外の人間には顔を合わせなかった。
カダージュがジェノバの首でリユニオンした際、その場にはクラウドしか居なかったからだ。なのに。
「………セフィ…」
あの厚く暗い雲が晴れた瞬間、何故私だけに笑ってみせた?
視覚で見たというより、全身と心で感じた…と表現すると一番落ち着く。
「お客さん、この酒が気に入られてますね」
…私を『思い出』から現実へと引き戻したカームの酒場の店主の声。私の目の前に、深紅の酒が小さなグラスに注がれて、置かれた。
それを手に取り店の照明に透かせば、鮮やかな赤が浮かび上がる。
『赤』と至極シンプルに、その存在を的確に名付けられた、この店でも人気の酒。
「ありがとう」
俯いていた顔を上げ、最近思い出してきた笑顔を店主に向けると、店主も笑い返してくれた。
人の良い笑み。あの時のセフィロスの笑みは、こんなに優しくはなかった。
時間をかけて血のように赤く、しかし美しく透き通る酒を飲み干し、代金を払うと出口をくぐる。
この店はいつ来ても、『思い出』に陥る場所だと思う。
もう、『思い出』の人。それなのに、あの笑みは忘れ去ることを許さないように私を縛り付けている。
―――大丈夫、忘れるものか。
『私は思い出にはならない』と彼は残した。その彼には伝えたくてもその術がない。
昼前になって次第に賑わっていくカームの町並みを見ていようと酒場を離れようとした時、裏口の方から聞き覚えのある声を聞いた。
「……………」
周りを見渡し、酒場のすぐ傍に無造作に止めてあるバイクを見て確信する。
「……これで…荷物は全部だな」
裏手に近付くにつれて、その人の声も大きくなる。
「ありがとうございました!でも割れ物なのにうまく運ぶんですね」
「仕事はちゃんとする」
女店主の言葉に、無愛想に返す言葉。ああ、やっぱり
「クラウド…か」
私は思わず声をかけた。別に会うつもりもなかったから、このまま通り過ぎても良かったはずだ。
なのに声をかけてしまったのは、この人物が恋しかったからだろうか。
こちらに向かって歩いてくる、魔晄の瞳が私をとらえ、数回瞬いた。
「ああ、ヴィンセント」
クラウドが笑う。私も笑う。
「クラウド、仕事は…順調にいっている様だな」
「あぁ、まぁまぁだな。ヴィンセントは何をしている?」
「…調査…のような。町を回っている」
他にすることもない。そう付け加えれば、クラウドはあの決戦の日以来ますます優しくなった瞳を私に向けてくれる。
「そうか。…なら、一度俺の店にでも来てみないか。別にすることもないなら…ティファに顔を見せてやってくれよ」
「別に用がないのに…お邪魔していいのだろうか……」
「あんた、シドにも言われなかったか?別に用がなくても時には遊びにこいって」
「………聞いてたのか?」
「まぁな」
ちょっと得意げな顔をしてみせ、クラウドはバイクに向かって私の手を引いて歩く。
決戦が終わったあと、シドに言われた台詞をクラウドが聞いていたとは。
「その調子じゃ、行ってないんだろう」
「……あぁ」
「シドは残念がってるだろうな…とりあえず、くるだろ?」
「あぁ、そうさせてもらおう」
クラウドがバイクに跨がってエンジンをかける。後ろに乗るように促された。
「……いつもの赤いの、ないんだな」
ゴーグルを付けながらのクラウドの呟きに、思わず吹き出す。
そう表現されたものは、私がいつも付けていた赤いマントの事だろう。しかし今はそれに似た、口元を隠すように赤いスカーフを付けているだけだった。
「この前町を歩いていたら…踏まれたり邪魔だったりしたんで外したんだ…持ってるがな」
「バイクに乗るのに都合いいから、いい」
クラウドの後ろ、バイクに跨がったものの、手をどうしていいか迷っていると前方から声をかけられる。
「しっかり俺に掴まっててくれ、手荒だから」



―ミッドガル―

他人<ひと>に触れられたのも、触れたのも、久し振りで…あまりにも遠い昔のように思われる。
―――いや、遠のくのは気だろうか…
クラウドの背中にしがみつく脇を、風が撃たれた弾丸のように勢いをつけて通り過ぎていく。
クラウドの言った通り、手荒な運転に気が遠のきそうだった。
ぎゅっとしがみつく私の頬が、クラウドの首の後ろに当たる。あったかい人の温度。私がクラウドに出会う少し前までの生活には無縁だったものを、今は素直に感じていたい…
―――いや、気は遠のきそうだが…
宝条の本格的な実験体<サンプル>になる、もっと前の…神羅社員の慰み者になっていたあの頃にはなかった温度……皮肉にも、あの頃の方が他人に触れられ、触れた回数が多いらしい……
―――う…気が……
…今ではそんな過去など思い出す暇もないくらい忙しく、幸せだ。
「ヴィンセント」
クラウドの腹に回していた私の手の甲にクラウドが触れる。
「着いたぞ」
その言葉にぱっと手を放し、バイクからずり落ちるように降りる。いつの間にか、あの弾丸のような風がおさまっていたようだ…それに気付かないとは…
「クラウド〜!おかえり!」
ますます仲良くなったマリンとデンゼルが家の中から出迎え、クラウドに駆け寄って手を引っ張りだす。まだバイクから降りていなかったクラウドは、微笑みながらバイクから降りるまで待ってくれと頼んでいた。
「…あれ?赤いマントの兄さんだ」
「携帯持ってなかったお兄ちゃんだ」
マリンの言葉に軽く細い針のような物を感じつつ、私は引き攣った笑みを浮かべた。
「ヴィンセントだ。途中で会った」
名前で呼んでやってくれ、という意味合いを若干含んで、子供たちの意識が私に向いている隙にバイクから降りたクラウドが言う。
「ティファは?」
「家の中にいるよ。行こうクラウド!」
マリンがクラウドの手を取ると、玄関へと駆けていく。
取り残された私はマリンのあまりの行動の早さに同じくぼおっとしていたデンゼルと目が合った。
「………今は、持ってるんだよね?」
「…何を」
「携帯」
突然されたデンゼルからの質問に
「……もちろん」
と少し笑って私は答えた。
照れたように笑い返す少年の後に続いて、クラウドの家の…いや、ティファの店セブンスヘブンの戸をくぐる。
「マリンは携帯電話が早く欲しいんだよ。いつもクラウドが使っているのをよく見るし、いつでもお父さんやティファやクラウドと話がしたいって言うからね」
「…そうか」
「だからあの時持ってなかったって…マリンがあのあと言いふらしてたんだけど…ヴィンが持ってなかったから嬉しかったのかな」
…いや、ただ馬鹿にされただけだと思いますが。
私の名を呼んでくれたことに、私は先を行くデンゼルの頭をそっと撫でた。

「クラウド、ヴィンセント、お帰りなさい」
とある部屋に入ると、中央においてあるテーブルには私の分のお茶が用意してあった。
クラウドが椅子を引き、私に座るように促す。クラウドの隣にいたマリンは、私の脇を通ってデンゼルの手を取ると、元気よく行ってきます、と部屋を出ていった。
「またどこかに遊びに行くのよ」
心配そうに見守るクラウドにティファの声がかかる。
「ヴィンセント、久しぶりね!赤いのはないの?」
「……………………」
やはり皆の、私の認識は赤いマントにあるらしい。少しの寂しさを感じながら、私はクラウドの隣の椅子に腰掛けた。
部屋の中は明るく、少々散らかっているのは孤児が騒いだ後だろうか。クラウドの運ぶ荷物が、箱詰めになって部屋の隅にかためて置かれていた。
「この荷物を運び終えたら、私たち新しく出来るエッジっていう町に引っ越そうと思うの」
ティファが私の視線を辿り、呟く。
「孤児たちの問題は解決している。専門機関ができたからな、大丈夫なんだ」
クラウドが茶を飲みながら、私の疑問を先読みしたかのように言った。

「一緒に行かないか?」
声に振り返ると、クラウドが立っていた。
「…え?」
はじめ何のことだかわからずに、目を数回しばたかせると、クラウドは微笑んだ。
「一緒に行くとは……?」
「ああ、俺は荷物を運ぶのに一週間くらいここをあける。ティファはその間にここの家具とかをエッジに移すんだ」
「………」
「暇なんだろう?あんたは」
クラウドは私の横に歩み寄り、少し低い位置から、魔晄の目で私を見上げる。
「手伝う、ということか?」
「いや、ついてきてくれるだけでいい」
「あまり私は…役に立てない。それについていくだけでいいとは、ただの足手纏いではないか?」
私自身が荷物になりそうだ。
「すぐそういう風に言うんだよな、ヴィンセントは。別に手伝って欲しくて言ってるんじゃないんだ。あんたと一緒に居たいんだよ。そう思うから…誘ったんだが」
久しぶりに会ったんだし、というクラウドの言葉が聞こえてくる頃には、私は自分の顔に熱が集まって赤くなっているということに気付き、急いでスカーフを頬まで隠れるように引き上げた。
「っ…可愛いな」
クラウドが、笑っている。
これでも私とクラウドは、セフィロスを探す旅で何度か口付けを交わすような仲になっていた。
旅が終わり、久しく会っていなかった私たちではあるが…その関係を忘れたわけではない。
久しぶりに会ってこんなことを言われれば…照れない方がおかしい…はずだ。
しかし私としては、この関係を忘れたいと思うことは何度かあった。
てっきり私は、あの2年の間にクラウドはティファと落ち着いていたのだと思っていた。
あの2人がお互いを大切に思っていることは、一緒に旅をしてきた中で仲間の誰もが知っている。
人の事は言えないが、私から見てもクラウド、ティファ双方が消極的だ。しかも極度の。2人でそれだから、中々進展しないのだろう。
そう、クラウドには女性のティファがいる―――私など、汚れきった私などに付き合わせるわけにはいかないのだ。
それでも、浅ましい私はクラウドを想っている。なんと情けないことだろう…
「で、いくのか?いかないのか?」
「…ついて行ってもいいだろうか…?」
「こっちが頼んだんだよ、ヴィンセント。まぁ色々手伝ってもらうハメになるかもな」
おもむろに手を上げて、クラウドは私の頬に添える。空いた片方の手で私が折角引き上げたスカーフを下げると、私にぐっと顔を近付けた。
「……ぁ」
反射的に目を閉じそうになったが、クラウドの瞳の青があまりにも綺麗で魅入ってしまった。伏し目がちに見つめてみる。
クラウドが何をしたいのか分かって―――というより思い出して。
「やっぱり、ヴィンセントの目は綺麗な色だ」
喋る度に私の唇を掠めていたそのクラウドの唇で、私の口は塞がれた。
お互いに、お互いの目に惹かれていたのだろう。
触れるだけ、そしてすぐに離れた。
「……久し振りだな」
「嫌じゃなかったか?ヴィンセント」
そちらから仕掛けてきたのに、不安そうに聞いてくるクラウドがなんとも言えず可愛かった。
言ったら多分怒られるだろう…
「嫌じゃないよ…クラウド。―――そ、そうだな…」
「?」
続きを言おうか言わまいか。決心すると、動きにくい口を必死に動かした。
「う、嬉しいから…」
「………ッ!」
言い終えて数秒後、身体が動かせない程の凄まじい力でクラウドに抱き締められた―――身長差で抱きつかれる形になってしまったが。
「ヴィ、ヴィンセント…ッ!」
「クラ…ウド…」
私を見上げたクラウドの目は、涙で潤んでいるように見えた。




続くよ!ヴィンちゃんの過去話は、また別の話で…





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